(一財)テクニカルコミュニケーター協会は取扱説明書を表す表現として「トリセツ」を使うようになった。さらにFacebook上に公開グループ「トリセツを楽しむコミュニティー」を開設した。100人以上のメンバーが参加している。
ここで取扱説明書とは何かをはっきりさせておこう。使用情報の国際規格IEC/IEEE 82079-1:2019 には使用情報の定義が以下のように書かれている。取扱説明書は製品と一緒に提供される使用情報である。
使用情報:製品の供給者が提供する情報で、対象製品をそのライフサイクルにわたって安全、効果的かつ効率的に使用するための概念、手順及び参照資料を提供するもの
ここで重要なのは取扱説明書は製品の供給者が提供するものだということである。
トリセツという言葉はこのところ一般の人々にかなり浸透してきたと感じる。キッカケは西野カナの「トリセツ」という歌であろう。紅白でも歌われたので「トリセツ」が一般の人たちに知られたことは間違いない。この「トリセツ」の対象製品は歌っている本人なので取扱説明書の定義どおりである。
そして最近、「トリセツ」はテレビでよく取り上げられるようになってきた。TBS系列の「マツコの知らない世界」でトリセツが取り上げられたことは記憶に新しい。そして、今現在NHKが放映している「あしたが変わるトリセツショー」の影響は大きい。この番組は”食・健康・生活、あらゆるテーマを、最新科学と大実験・大調査をもとに解き明かし、真のお役立ち情報満載の「トリセツ」にしてご紹介!”と謳っている。各放送回で取り上げたトリセツはダウンロード可能である。筆者は第1回の放送で使われた”「トマト」のトリセツ”をダウンロードして読んでみた。
全11ページで目次はない。見出しを拾うと以下の通り:
トリセツ01 味と栄養を最大限に引き出すには日本のトマトこそ加熱すべし
■「日本のトマト」は海外と何が違うの?
■日本のトマトの魅力を引き出す調理法とは?
奥田シェフ直伝! フレッシュトマトソースのパスタ
材料
MEMO
手順①~手順⑤
トリセツ02 超絶時短!あらゆる料理が激うま 魔法のトマト加工品とは
■“トルコ”で見つけた魔法のトマト加工品
■なぜどんな料理にも使えるの?
トマトペースト活用レシピ バターチキンカレー編
材料
MEMO
手順①~手順④
トマトペースト活用レシピ キムチ編
材料
手順①~手順③
袋とじコーナー
保ショー書
これは前記取扱説明書の定義には当てはまらないかもしれない。対象製品はトマト、供給者は不特定多数のトマト生産者、トリセツの制作者はNHKなのである。トリセツの内容は対象とするトマトの特徴説明(対象製品の概要といえる)とトマト料理の作り方(手順説明)である。トマト料理のレシピを対象製品と考えれば、NHKが作った製品ということもできるので、定義を拡大解釈すればトリセツと言ってもよいであろう。
表紙には「取扱説明書」というタイトル、品番、「保管用」という表示、「● いつでも見られるところに大切に保管し、必要な時にお読みください。」という注意、が記載されているし、見出し項目を見ても、まさに取扱説明書のパロディなのだ。「保ショー書」は読むとわかるが「保証書」のパロディになっている。実によくできていると思う。これで一般の人々がトリセツに親しんでもらえるとTC業界人としては実にうれしい。
ところが、第2弾「血管 取扱説明書」は少し問題がある。
最初のページで「極めて健康な体を持つのが、南米ボリビアに住むチマネの人々です。推定年齢100歳以上の女性も元気そのもの。なぜ、彼らは健康でいられるのでしょうか?」と疑問を投げかけた後に、次のように結んでいるのだ。「進化医学の専門家、マイケル・ガーヴェン教授の研究によると、ある年代のアメリカ人は51%の人が血管が硬かったのに対し、チマネの人たちではたったの8%。健康のヒミツは、柔らかな血管にあるのです。」
血管が柔らかでありさえすれば長生きできると錯覚を与えるような表現である。長生きの要因は決して血管の柔らかさだけではないはずで、食べ物や環境なども大きな要因のはずである。これでトリセツと言えるだろうか。前記「トリセツを楽しむコミュニティ」でもこのことが話題になっている。黒田氏はこれはガイドブックだと言っている。
ここで、業界関係者もトリセツの普及にしっかり取り組んでいることを伝えておきたい。(公社)日本消費生活アドバイザー・コンサルタント・相談員協会 西日本支部には商品の使いやすさとマニュアル研究会というグループがある。そのグループが消費者にアンケート調査を行った。その結果、若い人ほど操作が簡単な製品を使うときはトリセツを読まない傾向があることがわかった。その結果をもとに、児童・生徒と保護者、指導者向けに取扱説明書の読み方を紹介したチラシを作製したのだ。ここからダウンロード可能である。1ページ目を次に示す。
子供のころからトリセツを読む習慣をつけることは非常に大切だ。このチラシはトリセツの大切さを若い人たちに知らせようとする良い試みだと思う。