”本~”って?

トリセツを読んでいるとよく出くわすのが「本機」や「本製品」という表現である。これが曲者である。接頭語の「本」は手元のデジタル大辞泉によれば「今、現に問題にしているもの、当面のものであることを示す。」とある。

昔(30年以上前)、翻訳の仕事をしていたころ「本機」の英語への翻訳をめぐってクライアントと大喧嘩したことがある。「本機」は英語に翻訳できないから具体的な製品名を教えてほしいと言ったら、多くのマニュアルで共通の表現だから具体的な製品名には代えられないというのだ。直訳して”this unit”や”this equipment”は使えないのかというのだが、それで意味が通じない、絶対にダメだと言っても受け入れてもらえなかった。そのクライアントとは(今は付き合いはあるのだが)、その担当者がいなくなるまで10年以上も縁が切れていた。久しぶりにこの表現を話題として取りあげてみたいと思う。

最近の家電製品はスマホと連携できることが多い。先日も冷蔵庫を買い換えたらスマホ連携ができるものであった。このアプリの取扱説明書の「ご使用時のお願い」に
  「●●」アプリ(以下「本アプリ」)および….
と追う記載があった。ところが次のページに
  本製品で使用する…..
という表現が本文2行目から出てくるのである。そのページには「本製品」が4か所使われており「本アプリ」は使われていなかった。その他のページには「本製品」は使われていなかった。「本アプリ」については、ご使用時のお願いより前のページに2か所、上記説明より後に3か所(ご使用時のお願いページのみ)で使われていた。これだけでも十分に問題だと思うがケアレスミスだとしておこう。

問題は最初に出くわす「本製品で使用する無線LANは工事設計認証を取得しているため免許を申請する必要はありません。」という表現である。これを読む限り「本製品」は「本アプリ」ではない。では何であろうか。アプリのトリセツで話題にするのは特に断りがない限りアプリである。アプリが直接使用する無線LANはスマホが存在する環境にある無線LANである。スマホを通じて接続する無線LANは冷蔵庫が使用する無線LANでもある。無線LANに工事設計認証とはどういうことであろうか。意味が分からない。工事設計認証を取得しなければならないのは無線設備である。LANは環境であって無線設備ではない。スマホは当然取得しているはずなので、ここで言っているのは冷蔵庫の無線設備のことであろう。しかし、この表現では冷蔵庫の無線設備のことは言えていないのである。本製品が冷蔵庫であることはトリセツのどこにも定義されていないからである。冷蔵庫に内蔵されている無線LANユニットが小規模な無線局に使用するための無線設備であり、工事設計認証を受けているということなのであろう。改めて言うが、そのことをこの表現では伝えることはできないのである。

この原因は、この文章が他のトリセツからの流用だからであろうと推測する。流用可能にするために本製品や本機を多用する傾向はどこのメーカーにもみられる。それが対象製品ではないトリセツにも流用されるとこのような結果となる。製作者は十分に注意してほしい。